大宮の歴史は氷川神社と密接に関わっています。そもそも大宮という地名自体が「おおいなる宮居」と氷川神社が崇められたところから来ているといわれています。その神社を取り囲むような形で門前町が作られていったのが大宮の発祥といわれています。その後、江戸時代には中山道の宿場として大宮宿が設置され発展していきました。当時から現在まで埼玉県屈指の繁栄を誇り続けています。

明治に入るとここには大宮県が設置されました。その後埼玉県に編入されましたが、工業の発展や鉄道の開通などによって工場の進出が進められていき、1940年に大宮市が誕生します。この際には大宮町のほか、三橋村、日進村、宮原村、大砂土村の1町4村の合併が行われました。
昭和30年代から40年代にかけてはデパートなどの進出が活発行われるなど、商業都市として大きな繁栄を見せました。さらに50年代に入ると未来都市への志向とともに住民の生活環境の充実を目指した施設が立てられるようになり、防災センターや自治医科大学付属大宮医療センターなどの施設が続々と建てられ、発展だけではなく暮らしよい街づくりが進められていきます。

そんな大宮の歴史にとって大きなターニングポイントとなったのが、やはりさいたま市の合併。その構想は80年代からすでに開始されていましたが、90年代に入ると話が急速に具体化していき、2001年についに大宮のほか浦和、与野の3市が合併してさいたま市が誕生することになりました。その後岩槻市を編入するなどさらに規模を進めています。

現在、大宮はさいたま市の中心であり、埼玉県の中心でもあるという重要な地域となっています。さいたま副都心の計画とあわせて今後の歴史にさらに注目が集まっていくことでしょう。